宮崎、長崎

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やっと晴天となった。昨日風雨の中、4時間かけて(思とったより
早かったけどね)長崎市内に着いたんは夕暮れ時。

宮崎を発つ前にどうしても行きたいとこがあって、
わがまま言うて亡き母の生家に連れて行ってもらった。

母の兄弟も行方知れずで、残っているんは母の家に養子に入った
92歳のおじいちゃん一人。幼少の頃の母の写真を見せてもらったり、
若い頃の話を聞いたり貴重な時間を過ごした。

ここのじいちゃんの、亡くなった奥さんが凄い人でね、
僕が中学の時、鹿児島の学校いややから宮崎に転校したいって
母に言うたんよ、しつこくね。東京へ行きたい思とったからね
ちょっとでも近づきたい気持ちやったんやろね。
根負けした母は僕を宮崎へ連れて行ってくれてた。
お世話になるんやから、ご挨拶しようね言うて。

座敷で待ってて母がふっといなくなった時、
おばちゃんが入って来た。何と左手に日本刀!

「宮崎に転校したいて?」
「はい・・」
「何のために?」
「いつか東京へ行って有名になりたいから・・」
「なら鹿児島でもよかろ?」
「・・・」
「あんた逃げとるとやないと?」
「・・うんにゃ」
「鹿児島で辛抱でけんかったらどこでもだめよ」
「でも東京行きたい・・」
「なら・まず今の学校をきちんと卒業しなさい!」
「けど・・」
「あんた男でしょ?キンタマついとっとやろ?」
「・・・」
「今の自分から逃げるとやったら」

ここでおばさんは手にした日本刀をギラリと抜いた。(本物やった)

「あんたのような情けない男はこの日本にはいらん」
「えー!!」
「ここで腹を切りなさい」
「なんな!!」・・・・

確かこんな具合やったわ。本当の話よ。
母はおばちゃんを信頼してたからね。示し合わせての事やったんやろけど
僕はそそくさと鹿児島に帰り学業に励んだんやから、
それにしても立派なチームワークやね。

そんな母が父と共に故郷を後にした。見知らぬ土地に嫁ぎ
四人の子を抱え身を粉にして働いた。もっと孝行したかったな
などとつぶやけば「今更何を言うね」母の声が聞こえそう。

長崎は父の生地。生真面目な父を育んだ土地柄があるんやろか、
昨夜ホテルの紹介でのれんをくぐった居酒屋の魚の旨いのなんの
「父ちゃんここで生まれやったとな・・焼酎よ・・乾杯」


さすが長崎、”ちゃんぽん”出前でも旨い。

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by teruhiko_saigo | 2006-03-17 13:39 | その他 エッセイ

西郷輝彦本人による徒然日記


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