博多「ドーベル」

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西鉄ライオンズに舞い降りた風雲児池永正明投手の名を知らん人はない。
直球、スライダー、シュートの20勝投手よ。
昭和39年、その年の新人王に輝き、
レコード大賞新人賞のボクと溜池のクラウンレコードの屋上で取材を受けた。
下関商業高校の池永君と鹿児島商業高校の西郷君、奇しくも兄弟校やった。

それから交流が続き、博多でショーがある時はいつも客席に彼の姿があり、舞台に上げて「君だけを」を歌った。
しかしその5年後、悪夢のような「黒い霧事件」でマウンドからひきずり降ろされ永久追放された。「絶対八百長やってない!」
彼は被害者やったとボクは声を大にして言う。

そして彼が失意の底を這い回り、行き着いたんはスナックの経営やった。中州に「ドーベル」という店を開店した。投手に劣らぬ資質を表したんは彼の人柄。球界を問わず各界の著名人が訪れ、バブルに踊らされることもなく順調やったと思う。

2005年。みんなの願いが成就してあの忌まわしい事件から解放され、
池永投手は復権した。36年の心の足枷から解放された瞬間やった。
奥様の元子さん共々喜び合われた事と思う。

2008年1月。その「ドーベル」を閉店するというニュースを聞いた。
博多に出向いたときは必ず店をのぞいてカラオケを歌った。こちらもうまくいってる時もあり、そうやない時もあるけどいつも彼特有の大きさで包んでくれたもんよ。中州にあの店がないのは淋しいけど、次の新たなニュースを待っていたい気持ち。今度こそ池永君が本当にやりたいことをやって欲しいからね。その前に、「ドーベル」に行かな。出来るだけ行かな。博多の仕事を気長に待っている場合やないよね。
by teruhiko_saigo | 2007-01-07 12:17 | その他 エッセイ

西郷輝彦本人による徒然日記


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