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東京へ帰るつもりが

いつもの時間で終わって3分で着替えれば東京へ帰れる。そのつもりで二回目望んだんだけど、錦野のトークが長い、なんだか全員がこっちの魂胆をわかっていて薄笑いをしながらトークを延ばしてる。一部で4分伸びて絶望となった。だったら神戸でいいのにね、なぜか今大阪。なぜか?寿司屋に寄りたかった。

以前毎日放送”魔法のレストラン”で紹介した鮨処”よこ田”7年前、お世話になった徳島の社長に紹介されて以来通い続けている。親爺は一つ下のねずみ君、かの西郷輝彦の”ピンクのカーネーション”が愛唱曲という変わり種(?)。銀座”奈可田”の大阪店で修行した憲造君は大阪北新地できちっと江戸前を貫いている。ネタの良さと作りすぎない潔さは感服に値する。食って呑んで¥15,000は価値がある。寡黙な親爺だが話しかけるとシャイな笑顔が返ってくる。

大阪行ったら寄ってね。

鮨処”よこ田”
北新地、永楽町通り、都島タクシー向かい、北原ビル2F
06-6345-4184

10,000人突破記念で、うれしい気持ちの寿司屋中継でした。




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by teruhiko_saigo | 2005-08-31 23:42 | その他 エッセイ

そして神戸

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派手やね。58のおっさんがこれ着るんよ、楽屋で見ると思わず後ずさりするけどこれが舞台に上がると羞恥心なんか吹っ飛んで、快感さえ覚えるんよ。いっぺん着てみらん?わかば終わって3日目に神戸で歌いよる。不思議な縁やね、こっちの人達に舞台の話したら「こっちでもやらんか」てよ、やりたかったね。神戸の街も何事も無かったようにきれいになっとるけど、まだつらいドラマ色々あるんやろね「頑張ってください」と声張り上げたい。
by teruhiko_saigo | 2005-08-31 17:21

平凡アワー

やって来ました大阪へ”厚生年金会館”古くなったけどキャパもちょうどいいし、音もわりかし感じいいよね。それに何たってほら思い出が一杯でさ嬉しくなるよ。やっとリハが終わって、弁当かっこんで実況やらかそうってわけで、今回は男が二人減って女の子(ん?)が交代。三田明さん、錦野旦君(ビミョウな呼び方わかる?)麻丘めぐみさん、伊藤咲子さん、大場久美子さんが出演。三田、西郷は全編司会役(けっこうシンドイ)麻丘めぐみちゃんの”経験”が楽しみ。伊藤咲子ちゃんは相変わらず歌うまい。大場久美子ちゃんは昔のままだが結構大胆(わかる?)にしきのあきらでデビューしたとき”にしき、のあきら”かと思った。彼のトークはおもろい。窓あけてびっくり。雨がざんざん落ちている。お客さん大丈夫か?それで5分押しか?ま、始まるわけよ。おっとドハデな衣装着なきゃ!行って来るべ!! ごめん開演前にupするはずだったのに忘れてた。実況にならんだろうが、ねえ。

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by teruhiko_saigo | 2005-08-30 14:49 | コンサート情報

蛙の子は

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前歯の真ん中二本が生え変わった永久歯、そのまわり二本が間もなく肉から離れる乳歯だ。ぐらぐらしてご飯が食べられないとわめいている。

この子はついこの間まで自分が蛙の子だと信じていた。「本当はお外で虫なんか食べて生きて行かなきゃならないんだけど、私は虫食べられないから普通のご飯を食べさせてね」「おうちのベッドで寝かせてね」

こんなことを真面目に言っていたこの子に知り合いのおじさんが瓶に入った蛙二匹をくれた。肌色をしたつるつるの気持ち悪いやつだが大変なお気に入りで、ビタシュリンプという餌をやり、お風呂の残り湯を天日にあてた水を入れてやる。結構手のかかる奴らだった。

ある朝一匹いないと大騒ぎしている。水が多すぎてジャンプしたらしい。瓶を乗せていた鉢の上に蛙君が横たわっていた。泣き叫ぶ子、ため息をつく親。もう一匹いるんだから大事にしなさいと慰めてみたり。そして数日後、もう一匹が脱走した。またジャンプか。

これが探せど見つからない。この子の嘆きはご想像に任せるが二日後、変わり果てた蛙君が発見された。それも7〜8m離れた玄関で干からびている。よくもまあ小さな体で這って行けたものだ。ジャンプした蛙を探しに自分も決死のジャンプしたんだね。つらい旅だったろう。

それから生きた蛙は飼わなくなったが、犬が大好き、猫も大好き。動物の遊園地へ行くと陽が暮れるまで遊んでいる。飼ってやりたいとも思うが、何度も犬を亡くした経験からつい二の足を踏んでしまう。中学生になったら、もう駄目とは言えないような気もするが。
by teruhiko_saigo | 2005-08-29 15:35 | その他 エッセイ

てなわけで

焼酎飲んでみたらまわりの早いこと、平凡アワーもいいけど取りあえず寝るわ、明日起きたら考えよう。人生”生きちょるだけで丸儲け”生きてることが大事!君もどう。いい眠りを。ね。
by teruhiko_saigo | 2005-08-28 23:44 | その他 エッセイ

そして幕が降りた。


e0024944_15205228.jpge0024944_15214826.jpg初舞台の子供達もがんばった。わかばマーク”をはずした”わかば”は””原田夏希”として新たな旅に出る。浩太郎伯父さんも衣装、小道具をぬいで気持ちを大阪に向ける。劇場に足を運んでくれた皆さんに感謝。お陰様でいい千穐楽です。本当にありがとう。
by teruhiko_saigo | 2005-08-28 15:23 | 舞台のこと

いざ千穐楽!

何度やっても嬉しくて何度やっても淋しい千穐楽。初日と今日だけ関係者、出演者がそれぞれの部屋をまわって挨拶を交わしあう。30分前にはそれも終わり静寂な楽屋に戻る。”終わるな”昨日と同じ事をやるだけなんだけど、千穐楽、ああ千穐楽。肩の力を抜いて、”行ってくるね”
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by teruhiko_saigo | 2005-08-28 11:00 | 舞台のこと

78

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織本順吉さん。わかばと光の祖父”高原栄造”役である。戦後開始されたNHK以来何と2000本のドラマに出演されているそうだ。火サス”佃次郎”シリーズに2回もご出演いただいた。確か長野ロケだったか、女性容疑者の過去を探ろうと生家を訪ねると畑の奥から容疑者の父である織本さんが麦わら帽をかぶって出てこられた。一緒にいた”ガマ刑事”六平直政君が「恐ろしい存在感ですね」とつぶやいた。俳優さんがメイクと衣装で立ってるんじゃない、もう何十年もこの家で暮らし、畑と関わっていたような”苔”のような織本さん。それ以来僕とガマは織本さんの信奉者となった。織本さんは那須に住んでおられる。ゴルフはシングル級、若い頃は470ヤードのホールで2オンし、イーグルを決めたそうだ。クラブはパーシモン。あの時代にゴルフ覚えた人は巧いしマナーがいい。もうひとつの趣味はパソコン。PCで何やるんですかと聞いたら、”株よ”今月はホテル住まいだからホテルの近くの寿司屋を溜まり場にして、魚をつまみに焼酎を飲んでご帰還。朝一番の株を見るのが最高の楽しみだそうだ。仕事に対する姿勢も遊びも若い。織本さんの歳になったとき、あんなに若くいられるだろうか?チアリーダーの子達に啓太が人気がある、と聞くと「俺の時代も終わったな」「妬いてるんですか?」「うん」だって。素敵な78歳。
by teruhiko_saigo | 2005-08-27 10:53 | 舞台のこと

陶芸の虫

今月の稽古が始まる前に素焼きしたままほおっておいた”ぐい呑み”10個がやっと完成した。美濃地方で採れた赤土の粘土を使い、釉薬は白いマット釉を掛け、1250度で23時間、最後の8時間はプロパンガスを窯に注入点火し蒸し焼き状態にする還元焼成だ。残念だが都内では音、臭い、炎等のため電気窯しか使えないがそれでも完成度は高い。

そう”ぐい呑み”10個のつもりが実は8個、2個は”ドレッシング注ぎ”と”黒酢もずく入れ”に変身させてしまった。初めての”ぐい呑み”は、削り始めたときから焼酎ロックを想定して調整した愛すべきやつらだ。

ところで僕の作品を生み出している
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”まだん陶房”は敬愛する李康則さんが主宰する陶房だ。渋谷道玄坂で長年”清香園”なる焼き肉店を経営している李さんは昔から陶芸への思いが熱く、一時店の近くで、確か”玄武”だったかギャラリーを出していた。まだ新人だった塚本治彦さんをはじめ、今や名だたる先生達が作品を持ち寄っていたがバブル崩壊の波に呑まれ、閉店を余儀なくされてしまった。さぞやじくじたる思いであったろうと推察する。

しばしの間治まっていた李さんの”陶芸の虫”が、再びふつふつと騒ぎ始めたのが7年前、今度は世田谷の経堂に陶芸教室”まだん陶房”を開いた。僕も第一号の生徒になったが、これほどまで陶芸に魅せられるとは思わなかった。月曜日、火曜日は休み。他の曜日は決められた時間内なら好きな時に行って土に触れることができるのがいい。李さんはもちろん二人の心優しい女性が指導してくれる。商売っ気のない李さんはいつもにこにこ笑いながら苦しい資金繰りをしている。李さんとは25年以上のお付き合い、まだまだ続きそうだ。

 台風11号が上陸しそうな気配。夜の部のお客さんの帰途が気がかりだ。のろい台風は危険、
ゆっくりなぶる。呉々もご注意を。
by teruhiko_saigo | 2005-08-25 19:37 | その他 エッセイ

”Moanin”と兄貴

アートブレイキーとジャズメッセンジャースの「モーニン」を聴いたのは中学一年の時だ。
生まれて初めて聴いたジャズ。

鹿児島の天文館のダンスホールでドラムを叩いていた大学生の兄貴が、買ってきたばかりのEP盤を誇らしげにポータブルプレーヤーのターンテーブルに乗せて”ばつっ”と針を落とした。軽いピアノのフレーズとリズムのかけ合いに心地よいトランペットが加わって、もう泣きたくなる位しびれた。

努力家の兄貴は一日中スティックでそこいら中を叩いて母を怒らせた。寝ているときも口で”トントンストトントンストトン”足はバスドラとハイハット、隣で寝ている僕はいい迷惑だったが、やがて二人は夢のセッションをしていた。

世の中に怖いものなしの僕だったが、何があっても兄貴には逆らわなかった。兄貴はいつも正しかった。誰にでも優しかった。町のみんなに慕われていた。

生きていればとうに還暦を過ぎている。「モーニン」を聴くと思い出す。
by teruhiko_saigo | 2005-08-24 13:18 | その他 エッセイ

西郷輝彦本人による徒然日記


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