予定より早く仕事が終わり、帰宅すると、
静まり返った我が家に家族の気配がない。
「みんな出掛けるって言ってたな」
靴を脱ぎかけると…
「おお、君が留守番か」
ゴロンと寝転んで、遊ぼ態勢。
「疲れてんだ、ちょっと休ましてよ」
バッグを放り、ソファに倒れ込む。
仕事のあれこれを思い出していると、
もの欲しそうな表情で、グルグルと体をすりつけて来る。
「しょうがないヤツだな、ほれゴロンしろ」
蛇みたいにトグロ巻く猫なんて見た事がない…
腹をこすってやると、最初は気持良さげにうっとりしているが
次第に凶暴なけものの様な目になり、ついにはひと噛みして逃げて行く(もちろん甘噛みなんだが)
それが、多分一日一回はやる、ボクとLUNAの儀式のようなものだ。
そしてボクは、ニヒルで下品な笑みを浮かべると、おもむろにソファの腰掛けの部分をひっぱがし、そこに格納された数種類の道具を眺める。
飽き性のLUNAは、一つの道具をニ日と遊んでくれない。
二日続けて同じ道具を使おうものなら、
冷めた猫目でソッポを向き、顔中口になるような大あくびをする。
最近ではお外のとんぼや蝶々がお気に入りで、いきなり飛び付いては
硝子にぶつかり、涙声で呻いている。そんなお茶目なLUNAもいいのだが、道具には金がかかっているのだ。君の喜ぶ姿を想像するだけで嬉しくなる、LUNA思いのボクの身にもなって欲しい。
色とりどりの道具の中から、ついこの間ガーデンアイランドで買い求めた、
最新鋭の、金の玉が三つも組み込まれた収縮式フワフワ黄色羽を取り出すと、
LUNAの部屋へと向かう。
部屋を出て、大理石の床で腹を冷やしていたLUNAは、ボクの訪問を
喜ぶでもなく、と言って追い返すでもなく無視をきめこむのは、彼の常套手段。
「ほーれ、新作だ、ふっふっふっふっ」
後ろ手に隠し持っていた収縮式フワフワ黄色羽を、ゆっくりと廻しながら見え隠れさせる。
最も熟練のテクニックが要求される場面だ。
「どうだ?いいだろそそるか、ええ?」
じっと見つめてはいるのだがLUNAは飛びかかる気配がない。
「じゃあ、これならどうだ?」
ドアを殆んど閉め、わずかな隙間を、あたかもフワフワ黄色羽が生きているような動きをつける。
これぞ最高峰の名人芸なのだが、LUNAは尚も動く気配がない。
「何だい、そう来るかい。もういい…」
落胆の顔で、黄色羽を床にズルズル滑らせながら、廊下を戻って行く。曲りかけたその時、
ドアの隙間からLUNAが顔を覗かせた。
動くと、動く。止まると、止まる。これって殆んど「だるまさんが転んだ」状態だ。そんな猫、
YouTubeで見たぞ。
しばらく睨み合った後、LUNAが突然すっ飛んで来た。
「そう来なくちゃ!」
床をジグザグねずみ!
ソファの背を忍者屋根渡り!
マッサージ機の頂上から谷底へひよどり越え!
手を変え品を変えての壮絶な闘いを繰り広げること二分…そう…いつも測ったように、二分でLUNA の動きが止まる…愚かな己れの姿に気づいた、落胆のポーズなのか、
うつ向いて淋しげな表情を見せると、また大あくびをかまし、静かに去って行く。
「なんだい、これだけかよ?」
これじゃまるで"構想10年、撮影1日"みたいな世界じゃないか。
まあいいや。わずか二分でも、ボクとLUNAが共有する感性は、
永遠の絆となって、大空をも翔るだろう。
「物心ついたらこの家にいた」とLUNAは言った。
まだ見ぬ親を思うでもなく、父はボクと信じている。そうである限り、
冷めた猫目でソッポを向かれても、顔中口になる大あくびをされても、
ボクが怒りを覚える事はないだろう。
そしていつか、
ジグザグねずみやひよどり越え、ウルトラバンジーを
一日中、思う存分闘かえる日が来るかもしれない。
その日のために、今日もボクはテクニックを磨く事を怠らないのだ。
Luna …You Are My Destiny